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裸で独りぼっち

愉快な毎日の記録

早坂吝『○○○○○○○○殺人事件』―バカミスを馬鹿にするバカにはなりたくないが…

第50回メフィスト賞受賞作。

京極夏彦森博嗣清涼院流水など錚々たる面々を輩出してきたこの賞の

第50回の作品としては最低ラインは超えているものの期待値は超えていないというのが、正直な感想だ。

 

目次

  1. 良いところ―ミステリ的キャッチーさと小説的サービス精神
  2. 好きじゃないところ―スケールの小ささ

1.良いところ―ミステリ的キャッチーさと小説的サービス精神

タイトルのケレン味が抜群の小説であることには間違いがない。

タイトルをあえて隠して読者に当てさせるというのは、まず新本格以降のミステリ以外ではありえない発想だ。

・フーダニット―誰が殺したか?

ホワイダニット―なぜ殺したか?

ハウダニット―どうやって殺したか?

この3大要素で大半のミステリは構成されている。

加えて、

・ウェアーダニット―どこで殺したか?

・フーズニット―誰を殺したか?

・ウェンダニット―いつ殺したか?

が少ないながらも見られるだろうか。

※法月倫太郎の短編集で以上の6要素を1篇づつ取り扱ったものがあった気がする。

 

その地平に、新たな視点を付け加えたという点は大きく評価できる。

 

加えて、文章の軽さも称賛に値する点だ。

ラノベっぽすぎる」という文句を読書メーターかどこかで見つけたが、この軽さはラノベよりも東山篤哉や赤川次郎などのユーモアミステリに近い。

登場人物のキャラも常識の範囲にとどまっており、同じメフィスト賞作家でも西尾維新汀こるものの作品のほうがよっぽどラノベっぽい。

ともかく、あくまでミステリの範囲で読みやすいようにする工夫がみられる点、実際読みやすい点は大変好印象だ。

こうでなければ売れはしまい。

 

2.好きじゃないところ―スケールの小ささ

とはいえ、前代未聞タイトルあて―ワッチャネームダニット?―という設定の期待感に反して、どうにも小ぢんまりとした話だった感は否めない。

タイトルあてという隠れ蓑を利用して、大きな叙述トリックも仕掛けられており、それもまた一風変わったもので、それ自体は評価に値するのだが、特にタイトル宛てとリンクし、驚きの連鎖が起こるような仕掛けは全くなかったといっても差し支えないだろう。

この作品は「読者への挑戦状」に始まる尖った趣向ながらバカミスメフィスト賞作品でいえば「6枚のとんかつ」レベルで―なのである。

俺はバカミスに顔を真っ赤にして真剣に切れるようなバカではないと自負している。

だが、そうはいえども少し鼻白んでしまうのも事実である。

だって小説ではめったなことがなければ笑えないからね。

バカミスは、壮大なスカシなわけで、そこを「ばかばかしいww」と笑い飛ばせる笑いの強度がなければならない。

しかし、今回はそこまでではなかった気がするなあ。

なぜかと考えると、ラノベっぽくなさ過ぎたせいではないか。

つまりは、キャラが薄すぎたせいではないか。

南国に入ると人格が変化する主人公というのは非常にとがっていたが、そのほかの人物は最低限の特徴しかなかった。もっと奇人同士のやり取りを描き、それ自体の裏で精緻な論理を展開したほうが驚きもより深くなっただろう。

 

ほかの作品は表紙もラノベっぽいしもう少しキャラが立ってきているような気もしないでもないので、

一読してみたい。

 

 

○○○○○○○○殺人事件 (講談社文庫)

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○○○○○○○○殺人事件 (講談社ノベルス)

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