裸で独りぼっち

愉快な毎日の記録

遠野で聞いた語り部の話メモ  

本日遠野に旅に来ている。

遠野といえば遠野物語。いわずとしれた民俗学者柳田邦夫の遠野に伝わる民話を集めた説話集だ。

その地で、語り部の民話を聞く、という機会があった。

覚えておける自身はないが、忘れてしまうには忍びない。

というわけでここにメモしておく。

 

[語り部の話1]

ある家の娘が突然いなくなってしまった。

家人は探し回ったが、どこにも姿は見当たらない。

神隠しにあったんだ」家人はそう話し合い、娘のことをあきらめた。

それから33年経過した。娘がいなくなった日は、親戚一同で集まり、娘について語り合うことになっていた。

そんな家に、1人の客人が訪れる。

それは、白髪交じりの老婆だった。長年の苦労をにじませるような疲れた表情と老人特有の雰囲気。

「……どなたでしょうか?」

扉を開いた親戚がそう尋ねると、その老婆は自分が33年前に神隠しにあった娘だと答えた。最初はいぶかしんだが、どうも本当らしい。

「家族に会いませんか。兄弟も、母もまだおりますよ」

しかし、老婆は首を横に振った。今更家族に合わせる顔はない、と。

どんどはれ。

 

[語り部の話2]

これは、家制度という枠組みの中で、夫婦が営まれていた時代の話だ。

曰く、生まれたその時から男性は「福の神」である。

それに対し、女性は、「鬼」である。2本の角が生えている。だから、結婚の際には「角隠し」を身に着けて、髪を結い、その鬼たる面を隠蔽しなければならない。

女性は嫁ぐと、「嫁」になる。嫁は、女と家を合わせた字だ。

女は子供を産むことで、その家の人間となる。

それまでは、女は玄関から家に入ってはならない。こっそりと、災いを呼び込まないように、だれからも見つからないように裏口――勝手口から入らなければならない。

勝手口はかまどの備え付けられた台所とつながっている。女はそこで火を操り、家を守らなければならない。

 

年を取った女は婆となる。婆は波と女を合わせた字だ。波とは人生の荒波である。自分が家を取り仕切っているといばっている男だって、人生の波には決してあらがえない。それを乗り越えた英雄が婆である。

婆は子を育て、それは孫に受け継がれる。そうして家は続いていく。

これは、戦争に日本が負け、男女が平たく(平等に)なる前の話である。

どんどはれ。

 

[語り部の話3]

これは、

山男と山女の話だ。

 

ケース1:ある日、ササを担いで山を歩いていた兵六は、後ろから、ササが大きくたなびくほどにすさまじい風が吹いてくるのを感じた。

ふりむくと、女がいた。女はイネを背負い、すさまじいスピードでかけてきた。兵六はその様子に思わず目を奪われた。女はそんな様子をあざ笑うように兵六を追い越していった。

 

ケース2:その日、与吉は狩りに出ていた。雉や鹿、それに山鳩などを狩って今夜の飯の種にするのだ。森の中には、木々、虫、小動物、などのいつもの風景に加えて、見しいらぬ異物――女がいた。

きれいな女だった。とても、与吉の住んでいる田舎にいるような女だとは思えなかった。物の怪の類に違いない、そう考えた与吉はその頭めがけて火縄銃の弾丸を放った。

すると、女は倒れた。そして、微動だにしなくなった。

なんだ、普通の女だったのか。与吉はその髪を記念に切り取り、家に持ち帰った。

そうしてその髪を懐に隠し持ち、たらふく獣の肉を食って眠った。

夢の中、与吉は家にいたその中に、六尺ばかりおある大男が押し入ってきた。そして、与吉の懐に手を突っ込み、女の髪を奪った。

はあ。はあ。目を覚ました与吉。夢だったかと懐に手を伸ばすと、果たして女の髪はなくなっていた。それから与吉は狩りをぷっつりとやめてしまったという。

どんどはれ。

 

[語り部の話4]

五徳という道具がある。囲炉裏にくべる薬缶や鍋を支えておくための台のようなものだ。その五徳、支えるための足は3本である。

それなの五徳。それにはわけがある。

昔、五徳は四徳という名前だった。そして、足は4本だった。名前と一致している。

それにたいし、昔、犬は3本足だった。現在の後ろ足が1本足りない状態だ。

そのため、後ろの1本足を引きずって歩いている状態だ。これではバランスが悪い。

哀れに思ったお釈迦様は、四徳にこう言った。

「おい四徳、足が4本でも3本でも動かないおまえには関係あるまい。1本を犬にやってはくれんか」

四徳は了承した。そうして、犬は4本足に、四徳は3本足になった。

その功績を見たお釈迦様は四徳は1本足を失ったことで1つ徳を積んだ。と言った。

つまりは四プラス一で五徳。それが五徳のはじまりである。

どんどはれ。

 

おまけの話。

[語り部の話1のおまけの話]

「どんどはれ。」とは「わらくずをはらえ」という意味。

「どんとわらくずを払え」→「どんとはらえ」→「どんとはれ」と変化した語りの終わりを告げる言葉。

昔は囲炉裏を囲んで藁(わら)仕事をしながら物語を語り合っていた。

その時の終わりを告げる言葉が「どんと(作業によって体に散った)わらくずをはらえ」だったというわけである。

 

[語り部の話3のおまけの話]

この、山女・山男というのは、現在では外国人もしくは犯罪者のことだといわれている。

外国人説については、彼らの体格が一様に日本人離れしたものとして報告されていること、赤や金などの髪で歌えられる例が多いことなどがある。天狗など、外国人がもとだといわれる怪異のたぐいは多い。

犯罪者説については、日本のムラ社会の気風と当時のずさんな犯罪者の取り扱いが関係している。例えば身内から嫁いだ先から逃げ出してきた娘や盗み・殺しを犯した子どもは受け入れられない。さりとて、牢獄に閉じ込め続けることもできない。

その結果、彼・彼女らは県外の山に追放されることになる。そうして、夜道で犯罪をはたく。そんな彼らを避けるため、山男・山女の脅威が伝承されたのではないか。

語り部はそう語る。