裸で独りぼっち

愉快な毎日の記録

『リメンバー・ミー』85点 「家族≧夢」意外とテーマが挑戦的な意欲作

原題『COCO』。

それは、主人公ミゲルのひいおばあちゃんの名前。

ディズニーのシワシワ原題の中でもとりわけシワシワだ……。

 

欧米人の子どもは『COCO』でワクつくんだろうか。

だって日本の映画でいえば『菊子』みたいなもんなんじゃないの?

 

しかし、タイトルがテーマと直結しているという意味では、やはり現代以上のものはなかなか考え難いだろう。

 

 

それは、「夢ではなく、家族を選ぶ」という選択肢。

 

このテーマかなり意欲的だと思う。

今までディズニーはじめ興行界が説いてきたことのある意味逆を行っているというか……。

 

www.disney.co.jp

ストーリー

主人公は、ミュージシャンを夢見る、ギターの天才少年ミゲル。しかし、厳格な《家族の掟》によって、ギターを弾くどころか音楽を聴くことすら禁じられていた…。ある日、ミゲルは古い家族写真をきっかけに、自分のひいひいおじいちゃんが伝説のミュージシャン、デラクルスではないかと推測。彼のお墓に忍び込み美しいギターを手にした、その瞬間──先祖たちが暮らす“死者の国”に迷い込んでしまった!

そこは、夢のように美しく、ガイコツたちが楽しく暮らすテーマパークのような世界。しかし、日の出までに元の世界に帰らないと、ミゲルの体は消え、永遠に家族と会えなくなってしまう…。唯一の頼りは、家族に会いたいと願う、陽気だけど孤独なガイコツのヘクター。だが、彼にも「生きている家族に忘れられると、死者の国からも存在が消える」という運命が待ち受けていた…。絶体絶命のふたりと家族をつなぐ唯一の鍵は、ミゲルが大好きな曲、“リメンバー・ミー”。不思議な力を秘めたこの曲が、時を超えていま奇跡を巻き起こす!

公式サイトより引用。 

https://www.disney.co.jp/movie/remember-me/about.html

所感

要するに、クリエイターなんて家族よりも社会的成功もとい自己実現を優先した薄情者の集団なわけです。

もちろん20半ばまで実家暮らしだった大槻ケンヂとか弟に4年間小説投稿をサポートされていた飴村行とかの例外はあるにせよ。いや、彼らも単に好き勝手やって家族がサポートしてくれてただけだな。

そんな人間の集団が集まれば、物語のイデオロギーは「夢>家族」になる。

 

「もし人生が二回あればお母さんの言う通りに高校へ行くけど、 一回しかないんだから自分の自由にさせてください。」
船木誠勝 格闘家)

「お母さんの人生だって一回しかないんだからお前の自由なんか知らねえよ」と言われたら船木はどう言い返すのだろうか。

 

そんな中にあって、「家族≧夢」の話をつくるのって難しいと思うのだ。

まあ、軽薄な支配的イデオロギーへのアンチとして行ったり商業主義を背景に薄甘い話として表現することはできるだろうが、ここまで主人公=夢、毒家族=家族として描く場合は特に。

だから、この話は挑戦的で、それゆえにピクサーとしては少しばかり瑕疵も見えるが、それでもその点でみとめたいなというのが俺の評価でした。

 

あ、でも母さん感謝ラップとかあるな。「家族≧夢」表現。でもあれは、夢をあくまで家族が支えてくれるという薄甘い前提の上に成り立っているのでご了承を……。

 

この物語の瑕疵について

インサイド・ヘッド』(2015)とかに比べて、という前提付きでこの作品にはツッコミどころや批判点がわかりやすく存在する。

 

①写真が死者の国と生者の国を行き来するためのパスポートだという設定

↑写真ない時代どうやっとってん???

 

②生者に覚えられている間は死者の国で生存できるという設定

↑悪名でも有名なら生き残れるの? じゃあ歴史的犯罪者も? それって現世での価値=名声という価値観の固定化につながらん? じゃあ今回の悪役○○はいったんはミゲル一家に敗れたけど死者の国からミゲル一家が消えていった末にはもっかい天下とるよな、たぶん?

 

③悪役があまりに単純すぎ

↑暗殺してたっていうのは安易だよね。別に不幸な事故で盗作的な結果が生まれてしまったっていう展開でよくない? 明らかに後半に向けての物語の推進力を作るためだけの悪役で、作劇の都合が透けて見えるよ。

 

④家族が毒親

あんな昔の先祖のために子どもを縛り付ける家族が、そもそもどうかね? ママ・ココが実は父を愛していたとわかったくらいで変われるの? というかミゲル以外の家族は反発とかなくてあんな単一的な価値観の中でよく過ごせてたな。

 

これらの指摘への回答は1つ、「テーマを伝えるための都合」であろう。

テーマの為の設定であり、テーマのためのキャラクターの単純化である。

それは作品の完成度には傷をつけるけど、それでもテーマ「家族≧夢」を中心に据えたかったというパンク性の方をこそ俺は評価したい。

 

「家族≧夢」でいいの?

ここまでの俺の主張を読んで、「いや、お前は家族大好き人間か。俺は家族のために夢あきらめたくねえよ。船木もそう言ってるよ」と思う人もいるはずだ。

その答えは、「NO」である。

俺は人間には自由意志があるのだから、夢を家族よりも大切にするのは個人の基本的な権利の範疇にあると思う。

それでも、この作品の主張を俺は推したいのは、所感でも書いた通り、表現界で支配的なイデオロギーは「夢>>>>家族」だからだ。

 

主人公の夢は応援されるべきであり、それが否定されるような環境は飛び出すもしくは変えるべきだ。

 

この世の立身出世栄譚は皆すべからくそのような考えに裏打ちされていたような気がする。その考えに傾いた天秤の比重を適切なものに整えるバランサーとしてこの物語は、大きな意味を持つと、俺は思ったのだ。

 

夢の為に家族を捨ててもいい。だが、それは同時に家族に忘れ去られ、死後消えていく可能性を高める行為でもある。

 

その”覚悟”が俺は好きだ。「リメンバー・ミー」がその覚悟を持ったものたちの鎮魂歌だと考えると、

Remember me  僕を忘れないで
Each time you hear a sad guitar 哀しいギターを聴くたびに

『Remember me』歌詞より引用

 このギターの音色の”哀しさ”が一層意味をもつように思われるのである。