台湾旅行記#1 アラーキーが頭痛でマイム踊る夜
台湾という土地には親日の姑娘がいる。
夜ごと愛をささやき昼を昏くさせたよ。
機下にて俺、アラーキー、彼女は頭痛
仙台空港19:40発、タイガーエア。
その2時間前にはチェックインしなければならない。
俺は同行者のA子と国際線のチェックインカウンターへ向かった。
時刻は17:30。ちょうど良すぎて不安になるような時刻だ。
A子は黒字にピンクの縞模様が入ったバービーのキャリーバックを転がしている。
このキャリーバックの口にはバービーのロゴが刻印されているらしい。
俺は全く気づかない。知らされてはいるけど、気づけてはいない。
旅行前で2人のテンションは高い。仙台の夜風は冷たい。
まだ、3月17日なのだ。桜前線すら来ていない。
A子のキャリーバックを預け、チェックインを終える。俺はでかい緑のリュックを持ち、それよりはだいぶ小さいcallmanのバックを携えていた。緑のリュックは預けない。
それは、何か信念めいたものや精神をいやす作用、他人とは違うフェティシズムによるものではなくて、俺が多少A子より旅慣れているからだ。
預けた荷物が出てくるのは遅い。
19:40の飛行機に乗って桃園空港に着くのは23:05だ。
なるべく早く出なくては、メトロはなくなってしまう。
俺たちの安ホテルは台北市街にある。都会の中の安ホテルだ。
そこまでは1時間30分。
だから、つまり、その、時間を節約したかったわけだ。俺は。
でも、俺とA子は日本を出たら唯一の2人の日本人。いわば一蓮托生だ。
宙を飛来する蓮の葉。預ける荷物も2人で一つ。そのことを忘れていた。
だから、次の瞬間にバチが当たる――。
A子の具合が悪くなる
「風邪薬が欲しい」
A子がそういうので、空港の薬局に来た。3日分と5日分どちらを買うか迷うが、3日分にする。旅は4泊5日の予定だ。3日分で足りるだろうと判断した。
と言ってる間にA子の具合はどんどん悪くなっていく。
仙台空港3階左手にあるロイヤルコーヒーショップ仙台空港店で飯を食うことにする。「何か腹に入れれば治るかもしれない」とA子が言ったからだ。
俺は牛タン油そば、A子はサンドウィッチを頼む。
牛タンまぜそばのどこにロイヤリティがあるのだろうかと思うが、仙台を発つ前に、牛タンを食べたいと、故郷の砂を持ち去る旅人のような気持ちになった。
A子は治らない。
むしろ、どんどん具合を悪くして頭を突っ伏していく。
首を垂れること、冒頭の画像がごとし。
俺は気を使って水を汲んできたりもしつつ、焦りを募らせていく。
――こいつのせいで行けなくなったらヤダなあ。
薄情者はここにいた。熱は出てないかと尋ねるが、A子は出てないといい、俺がカメラを向けると「撮らないで」と身の前半部を隠す。
A子はこんな無様なさまを取られたくないのだという。
俺はシャッターを何度も押す。パシャパシャと音を立てて。カメラからボウフラのように透明なザーメンが飛ぶ。
俺は、平成のアラーキーだ。台湾に行く機会をふいにしようとしているA子を撮る。そうしてせめてもの元を取る。暇つぶしの糧とし、後で笑ってやる。
「やめろってんだろ!」
A子は怒りをあらわにして声を荒げた。俺はレンズに蓋をした。まるで、中折れしたインポがゴムを取り外すように。
機内にて彼女マイムマイム、俺は我慢
なんとか飛行機に乗ることはできた。
こうして彼は鉄の塊としての役目を4時間15分忘れる。
船は、”彼女”(女性名がつけられるから)だというが、飛行機はどっちなのだろうか。
俺は、男だと思う。トバすのは男だという、ただそれだけの理由だけど。
ここでもう1つ問題が起きる。
――空港内でドリンクを買い忘れてしまった。
手荷物検査の際、俺は痔の薬(60g)と歯磨き粉(120g)を没収されそうになり、なんとか痔の薬を医薬品ということで死守した。その結果、飲み物のことは完全に忘れていた。
A子は税関職員にカバンを開かされ、恥部をさらけ出させられる俺を見て笑っていた。もちろん風邪は治っていないので具合悪く笑っていた。人間は、具合が悪いときは悪いなりに他人を(嘲)笑うことができるのだ。その結果、飲み物を忘れたらしい。
桃園空港までは時差も勘案すると約4時間15分。その間中、何も飲めないのはつらい。
と思っていると、不安からか、どんどんのどが渇いてくる。
しかし、タイガーエアは台湾ドルかアメリカドルしか使えない。
日本と行き来する飛行機のくせに、使えない。まあ、現地で両替した方が両替レートいいらしいし、いくらLCCでも水くらいくれるだろ! と楽観視していた俺とA子が愚かなのだが。
A子はついに耐えられなくなり、客室乗務員の男性に向かって1万円札をかざす。
「Please, water water water」
フォークダンスが始まるのではないかと危ぶむくらいのマイム(水の意)の連呼。
大金で水を買おうとするLCC、エコノミークラスの日本女に福原愛の旦那を3発殴ったような顔面の彼は目を丸くして、うなずく。そして、帰ってこなかった(お金は取られていない)。
「もう良い、水呑んでくる」
A子はトイレに向かった。俺は唾を飲み込んだ。
解放されて冬瓜、寝てないのに牛になる
現地時間23:30。
バービーちゃんの荷物を無事受け取った俺とA子は、メトロに向かっていた。
現地についてすぐさま4万円を台湾ドルに両替、自販機でジュースを買った。
左は豆乳ラテみたいなやつ、右は文字通り蜂蜜冬瓜茶。細切れにされて砂糖漬けになった茶色い冬瓜が入っている。
どちらも歯が溶けるほど甘い。「台湾 飲み物 甘い」でググればわかる通り、台湾の飲み物は基本的に歯を溶かすことを目的に製造されている。
飲み干した俺たちは、メトロで台北駅に向かうことにしたのだが、畢竟、終電はもうなかった。
仕方がないのでバスに乗ることにする。
予定が崩れた俺は牛のようにモタモタし、A子は女のようにイライラした。
ありきたりな男女論に当てはまるような人間ではありたくないね。
俺もA子もそう願うが、実際はそうはいかない。ありきたりな人間なのだ。
それでも何とかバスを見つけ、夜闇に消えた。
後はホテルに行って、寝るだけ。
今日は大変な一日だったなあ。
冒頭の詩は、そのときに浮かんだのだ。
次の日は「龍山寺」「突発的祭り」「九扮」を体験した。そのことについて書きたいと思う。