『ロケットマン』86点 一人称ロック自叙伝 ※ネタバレ
Filmarks感想
伝記映画でこのように伏線を回収してくるとは驚いた。
昨年からフレディ・マーキュリーしかりエリック・クラプトンしかりロックスターの伝記映画が公開されてきたわけだがいずれも「三人称」で描かれていたと思う。
「――彼は、こうして立ち直った」というように。
しかし、この映画は「僕は――」ではじまり、「僕は」で終わる。
存命中のエルトン本人がエグゼクティブプロデューサーとなったことを踏まえての語り口だろう。冒頭、サークルセラピーに参加したエルトンの回想で物語の9割近くが進められ?彼が落ち込んだり上がったりするとそのシーンにあった曲がはじまり、そしてフェードアウトすると、場面は切り替わっている。あるいは彼は大人になっている。
さっきまでの物語が閉じていないじゃないかとな不満だったのだが、それも一人称の物語だったからなんだね。
最後に気づかされたよ。
俺はエルトンジョンに全くと言っていいほど思い入れがない。
曲よりも『キングスマン2』に本人役で出演していたことの方が印象に残っているくらいだ。
この映画、どちらかといえばエルトン(こっち呼びであっているのか?)のファンに向けてファンこそが真に楽しめるものだったと思う。
だって、彼の彼による彼の救いの物語だったのだから。
―あの曲にこんな心情が込められていたのか。
―あの曲は彼のこの気持ちと重なるのか。
そんな風に曲とミュージシャンの心境を重ね合わせて消費するのはヒップホップシーンにおいて顕著なものだと思うのだが、それを作詞を自身が担当しているわけではないエルトン・ジョンで楽しめるというのは面白いところだな。
とにかく前半は「ミュージカルにおける作品の作り方がわかり過ぎているがゆえに不満」だったのよね。
幼少期のエルトンが音楽において天賦の才を発揮するもジャズを愛する父からの愛は得られず、部屋で指揮者のまねごとをする。楽曲がおわると、彼は大きくなっている。
別れた父と母。母の影響でロックにはまり、母の彼氏、祖母とバーにやってきたエルトン。ピアノ演奏を披露することに。酔っ払いに『レナード通り』なんか弾くなよとヤジられる。そこで「普段聞いてるあの曲をやりな」といわれて歌が始まり、バーは喧嘩で半狂乱になり、曲がおわるとまたエルトンは大人になっている。
これが不満だった。
父の愛の問題も喧嘩でヤジられた男の行く末も解決どころか方向性さえ示されないまま彼が大人になってしまうからだ。
たしかにミュージカルには曲が始まると物語が進まず、話が一向に展開されないという落とし穴が存在するので「ミュージカルで観客を楽しませつつ話を上手にジャンプさせる」というのは非常にうまい正攻法のはずなのだが、今回の場合「さっきの問題は結局どうなったんだ…?」という疑問符が浮かんでしょうがなかった。
その疑問を残したままエンディングになっていたらもっとこの作品の評価は低かったろう。
ただ、要するにそれこそが伏線だったのだ。
問題は何も解決せず、方向性さえも示されず「エルトンの心に残っていた」のだから。
I want love but it's impossible
愛がほしいけど無理なんだ
エルトン・ジョン『I want love』
幼少期のエルトン一家が歌うこの曲。彼の人生にずっと付きまとうことになる。
もちろん彼が同性愛者というのはその一つのファクターで、魅力的なマネージャージョン・リードに彼は翻弄されることになる。
(フレディ・マーキュリーと付き合っていた時期の話も出るかと期待したがそれはなかった。)
初舞台でスターがみに来たことに恐れおののいてトイレに閉じこもってしまったエルトン。繊細な青年は愛を求め度も得られず、「酒、ドラッグ、買い物、セックス…」あらゆるものにはまっていく「癇癪持ち」となる。
そんな彼が救われるのは、何のことはない休養と自己受容だ。
ただ、コンサート会場から逃げて、セラピーに救いを求めただけ。
しかし、それまで何度も満たされない思いを歌で乗り越えて耐え忍んできた彼がついに決壊して逃げ出すことで、それまで“解決しなかったこと”それ自体が伏線となり、なんてことない解決が劇的なものになる。
My gift is my song and this one's for you
僕の贈り物は僕の歌 君のための歌なんだ
エルトン・ジョン『I want love』
私的な体験はいつだって劇的で、個人の思い出は当人にとっては大河ドラマだ。エルトン・ジョンという大物を個人レジナルド・ドワイト→エルトン・ジョンとして描いたことがこの映画の戦略であり、続々作られるミュージカル映画への新たなる切り口だ。
その試みに拍手を贈りたい。とはいえ、そもそも彼の楽曲のファンではないためカッと熱くなるほど曲に感動する場面はなかった。そこで86という普通に良い、点数に落ち着いたのだった。