裸で独りぼっち

マジの日記

『キックアス』95点 狂人レベル=戦闘力の世界へようこそ

※ネタバレがあります

ストーリー

コミックオタクでスーパーヒーローにあこがれる高校生・デイヴ。不良にはカツアゲされ、女子には無視され、ボンクラな日々を送っていた。しかし――

「どうして誰もヒーローになろうとしないんだ?」

そう疑問を抱いた彼は、スーツを購入。街の自警活動を開始する。不良の反撃にあい病院に担ぎ込まれる羽目にもあったがあきらめず、マフィアと闘った彼の姿は、スマートフォンで撮影され、ヒーロー「キック・アス」として世界に拡散された。

マイスペースの登録者数は1万6,000人となり、ひょんなことから美少女ケイティと(ゲイ)友達にもなれたデイヴ。ケイティを悩ます麻薬中毒者マーティに釘を刺すべく、その根城へ向かう。しかし、用意したスタンガンはそれほどの効果を発揮せず、絶体絶命に陥ったキックアス。その瞬間、マーティの腹部から長刀の刃先が飛び出した。そして、たちまちのうちにスーパーヒーローの格好をした11歳の少女に惨殺されるマフィアたち。「君は誰?」少女は答えた。

――「ヒットガール」。

 

狂人レベル=戦闘力の世界へようこそ

現代の邪道ヒーローアクション界のパイオニアムービー。

この映画の先進性は

①チャカチャカアクションと大胆カメラワークの融合

②アクションとポップミュージックの組み合わせの妙

③アンチシリアス系アメコミ映画の復興

など様々だが、その中でもあまり広く論じられておらず、しかしこの映画のユニークさや批判されがちな倫理観の欠如についてもすっきりと説明できるポイントがある。

それは、

この映画の戦闘力とは、すなわち狂人レベルであるということだ。

狂人レベルが高いほど強靭レベルも高まり、敵を打破できるようになる。

また、この狂人レベルは各人で一定不変のものではなく、心境やシーンによってアップダウンする。だから、キックアスらはシーンによって強くなったり、弱くなったりするのだ。

ここからは、狂人レベルの最高値・最低値で各キャラについて語っていきたい。

 

キック・アス/デイヴ・リズースキー

狂人レベル最高値:9.5

狂人レベル最低値:1

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本作品の主役。

 

そんな彼の狂人レベルが急速に高まるのは27:00。不良に腹部を刺され、九死に一生を得たにもかかわらず、キックアスとしてのヒーロー活動を辞めないと決めたとき。このとき、この話は平凡なオタク少年がヒーローになる話ではなく、ヒーロー>死と信じてやまないサイコパス狂人の物語だと、みんなもわかったはずだ。

そして、29:23のマフィアとの大立ち回りに続く。

考えても見てほしい。あの運動音痴の少年が警棒を持ったからと言って武器を持った3人のマフィアを撃退したのだ。ちょっと体を鍛えたくらいでたどり着ける境地とは思えない。このときデイヴがそこまでの活躍を実現できたのは、ひとえに彼の狂気が爆発したからなのだ。その狂気はケイティとの恋愛という普通成分に弱められ、その結果弱体化が訪れ、死を目の前にするが、鏡を前にビッグ・ダディの罪滅ぼしをすると決めてからはもう、狂人レベルは高まるばかりである。

そして、デイヴの狂人レベルが最高レベルに達するのは1:42:57。そう、空中を浮遊するあの武器を使ったときだ。このシーン、デイヴのモラルがさすがに崩壊しすぎという批判があるが、この崩壊は、物語に必然のものである。デイブは虫けらのようにマフィアを殺し、そのことを何ら疑問に思わない。すなわち、狂気の一線を越えた。

スーパー狂気人の誕生である。

 

最低値は1:00~の彼。つまり、普段のデイヴだ。

この物語は、デイヴが狂人キックアスへと”変身”し、その狂気を減衰させる原因(=ケイティ)の壁を乗り越え、ついに狂気の高みに達し、日常に戻るまでの物語なのである。

 

ヒット・ガール/ミンディ・マクレイディ

狂人レベル最高値:9.3

狂人レベル最低値:6.0

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生まれたときから父親に殺し屋として育てられた11歳の愛くるしい少女という狂気をデフォルトで背負って生まれた彼女の狂人レベルは、基本的に9.0付近で高止まりだ。

だから、ここではその狂人レベルが落ち込んだところをとり上げたい。

1つはレッド・ミストに銃撃されたところ。

初顔合わせのヒーローに普通に挨拶する時点で、狂気レベルは低い。普段のヒットガールなら、レッド・ミストの眉間でバタフライナイフを遊ばせて「オ○○コ穴を空けてやろうか」とでもいうところだった。その狂気が落ち込んでいたから、素人のボンボン(レッド・ミスト)に身体を撃たれたのだ。

もう1つはフランク・ダミーコ(マフィアのボス)との対決。おかしいと思わなかっただろうか? 他の、現役で荒事をやっているマフィアは瞬殺できるヒットガールなのに、ダミーコ相手には格闘で敗れ、死の寸前まで追い詰められている。父を殺した敵の親玉への復讐という「マトモすぎる背景」。それが彼女の狂気レベルをランクダウンさせた。その結果、現役の用心棒は瞬殺できるのに、人前で暴力をふるってしまうほどうかつになった(53:58)マフィアのボスには苦戦を強いられた理由なのである。

 

デイモン・マクレイディ/ビッグ・ダディ

狂人レベル最高値:9.3

狂人レベル最低値:4.1

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娘を強靭として育て上げた元刑事の殺人鬼。この設定もヒット・ガール同様、デフォルトで狂気だ。しかし、彼は物語終盤で拷問にあい、命を落とすことになる。

なぜそうなったかというと、キックアスの誘いに応じて隠れ家を知らせてしまったからだ。ヒーロー仲間のピンチに快く応じる。

――それじゃあ、まるで正統派のヒーローだ。

だから、彼は命を落とすことになったのである。

そして、死の間際のセリフも父としてマトモ。

「お前を――愛しているだけだ」(1:31:00)。

 

娘を愛しているだなんて普通過ぎる。

例えば、愛をささやくにしても「お前の――膵臓が食べたい」など狂気100%のセリフを発していたら彼は命を落とさず、ダミーコ一味を血祭りにあげることとなっていただろう。

 

レッド・ミスト/クリス・ダミーコ

狂人レベル最高値:8.0

狂人レベル最低値:2.5

 

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クリストファー・ミンツ・プラッセのしもぶくれの顔は結構な歔欷を秘めているように見える良い顔だ。だが、作中の描写としてはキックアスらを上回るには弱い。

彼の狂気レベルが最高値に達するのはやはり1:19:53の「隠れ家B」襲撃シーンだろう。初対面の美少女を銃撃しておきながら、「キックアス」は殺さないで! である。

奇妙な友情感じ取ったんかい!

一応孤独であることを示す描写はないでもなかったが、キックアス状態のデイヴとはそれほど腹を割ってオタク話もできなかったろうに友情を描くのは不条理で、8.0程度の狂気は感じさせる。

しかし、その後は父親に従うだけのもとのキャラクターに戻ってしまったため、狂人レベルは低下し、結果、キックアスにも敗れる。

作品の最後時点ではある叙述トリックが明かされ、彼の狂気は次作が本番であるという予感で物語は閉じられる。「ジャスティス・フォーエバー」に期待である。

 

ヒット・ガールは本当は年相応の女の子?

 ここまでヒットガールを狂人代表と語ってきてなんだが、彼女がヒット・ガールなのはビッグ・ダディを喜ばせるためではないかという気にさせるシーンもある。

 

「誕生日に欲しいのは、ワンちゃん。”ブラッツ”のサーシャ人形も」

13:39

 ビッグダディに欲しい誕生日は何かと聞かれて答えるシーン。こう答えたのち彼女は「嘘に決まってるじゃない。本当に欲しいのはバタフライナイフ」と答えるのだが、実は前者の方が本心ではないかという疑念も抱かせる。

実際の誕生日、約束通りバタフライナイフをもらった彼女は「ありがとう!」とパパに抱き着くのだが(21:21)、欲しいといったプレゼントをもらってサプライズでもないのにあれほど大袈裟に喜べるだろうか。アメリカ人だということを差し引いても、俺は不自然だと思う。逆に用意していたリアクションに見えるのだ。

 

しかし、パパを喜ばせるため”気を使って”マフィアを皆殺しにするというのは、それはそれでクレイジーだ。マフィアを人と思っていない点で、普通に楽しんで殺戮する以上に、恐ろしいかもしれない。だから、この点は狂気=戦闘力説には何ら影響しないと、俺は考えている。

 

オマケ――リア充、マシュー・ヴォーン

 この映画の批判されがちなポイントとして、当初さえないボンクラでしかなかったデイヴが有名人となり、ケイティと付き合い、普通に好きどうしになって暇さえあればキス(セックスも)するという点がある。

つまり、勝手にリア充になってんじゃねーよ、と。

ただ、この映画はボンクラの心を持ったオタクが撮った映画では明らかにない。

それは、マシュー・ヴォーンの妻がスーパーモデル、クラウディア・シファーだから、という帰納的に導き出される推論ではない。

このようなモラル破壊とブラックジョーク、そして遊びに満ちた作品を作れること自体がリア充の証明なのである。

一線を超えられることは、モテることとイコールではないが、部分集合(モテる⊂一線を超えられる)の関係ではある。周囲の目線を気にせず、アタックできる奴はモテる。そこには、勇気という名で呼ばれることもある狂気があるからだ。

この作品は同種の狂気なしでは作れない。

その狂気は、新たなスパイムービーの形を生み出す、その後のマシュー・ヴォーンの歩みを支え続けるのだ。