裸で独りぼっち

愉快な毎日の記録

『スペードの3』―戦いから逃げるな、つまりいつもの朝井リョウ

『桐島部活やめるってよ』『何者』『武道館』の朝井リョウの2014年の作品。

2017年4月1日に文庫化された。

 

この作品を書いていたころはまだ東宝の社員だったんだね。

 

この人はあまりにも、作家的な特性を備えた人だなとインタビューや小説やラジオを読んだり聴いたりするたびに思う。

 

その特性とは、客観視を超えた客観視。

現実(と我々が思っている人間関係すらも)作者の視点から俯瞰してみる、その俯瞰する自分すら俯瞰する、メタ×∞力だと思う。

 

 「自分は思慮深い」と思っている人を、「まさか」というところから驚かせたい気持ちはありました。僕自身、ストリートダンスサークルに所属して、クラブでダンスバトルをしながらも小説家デビューした、というのもその一環です。作家を夢見る早稲田の読書家たちが、一番脅かされたくなかっただろう人に脅かされている顔を見たかった。

「「リア充」小説家・朝井リョウの働き方」

http://news.mynavi.jp/articles/2015/12/09/careerperson/

単純な人間をメタ的にみる思慮深い人間をメタ的に見て単純な人間の立場から憤りつつ、さらにメタ的な視点を持って小説という形でチクリと刺す。

こういう「自分思慮深いって思ってひがんでるだけって逆にダサいわ。単純なリア充で何が悪い」という視点はここ最近のネットではあたり前のものとなっているが、『桐島~』以前にはあまりなかった気がする。

もちろん世間一般にそういうメタの一つ上の視点が気疲れ、共有されたというのも大きいだろうが、『桐島~』にその視点を与えられた人間も多いのではないか。

 

 

小説は、3つの連作短編で構成されている。

スペードの3(表題作)

・ハートの2

・ダイヤのエース

 

スペードの3の主人公は江崎美知代。名前こそ出さないが、明らかに宝塚出身の女優、香北つかさのファンクラブ、"ファミリア”のまとめ役だ。

最初は「すわ、宗教の話か」と思うほど、規律とつかさへの崇拝でできた組織、ファミリアで美知代は権勢を発揮する。女王である、つかさであるからその大臣として。

しかし、その歪ながら安定した状態は、小学校時代の同級生アキのファミリア入りにより、崩れることになる。

 

ハートの2の主人公は、明元むつ美。中学生のむつ美は、自身の容姿にコンプレックスを抱いている。そのせいで、小学校ではいわゆる「陰キャラ」(作中でこの表現は使われていない)として過ごした。誘われた入った演劇部では絵の腕をかわれて美術担当として自分の居場所を見つけるが、やはりほかの部員のように舞台に出れるような、勇気や自身は出ない。

 

ダイヤのエースの主人公は、香北つかさ。「スペードの3」の女王である。劇団のトップスターを務め、今も女優としてファミリアのような信者を持つほどの才能も名誉も持つつかさであるが、コンプレックスは深い。劇団の同期であり、同じ夢組でトップスターだった沖乃原円は彼女が持っていない物語も、スターの中のスターとしての輝きも、持っていた。

 

この3編は、いや、朝井リョウの作品は『桐島~』や『何者』も含めて、同じテーマを持っている。

 

コンプレックスを抱える主人公は、”戦い”から逃げている。しかし、話の終盤にかけてありのままの自分を認めることでコンプレックスを超克し、1つの成長を遂げる

 

小説のテーマとしてはもっともオーソドックスな形式だろう。

しかし、朝井が小説すばる文学賞直木賞を戴き、人口にのぼる作家であるのは、その戦いが非常に今日的でリアルなものだからだ。

 

今作における戦いとは、「変わる」ということである。

 

「女の子は思春期になると体が丸みを帯びてきます」などと文部科学省は言うが、本当は心のほうが大きく変わる。

ある子は化粧をして年上の男の子と付き合い、それをステータスとしてクイーンビー(女王蜂)の慶びを、決して明言することなく、ひそやかに謳歌する(でもほかの生徒にははっきりわかる)。

ある子は部活にアイデンティティを委ねる。またある子は部活に入っている子を俯瞰して自由にふるまうことでアイデンティティを託す。

ある子はコンプレックスに壁を作ってなるべく触れないし、触れられないようにする。その檻は巧妙で、ステルス性能を持っている。特殊なレーダーを持った機体しか気づけない。

朝井リョウは、そのレーダーを持っている。

やかましくて怖い男子と唯一言葉をかわせる私、というひそやかな優越感も、「天然パーマの髪のせいですべてがうまくいかないんだ」と信じたがる弱さも、「自分はなにも気にしてない」と心の中で唱えるほどに気にしてしまっているちょっと上のあの子へのコンプレックスも見抜いて、あまつさえ小説にしている。

 

女性のほうがそのレーダーを持つ人が多いのだろう。

女性作家の小説には、似たような戦いを描くものが多い。

湊かなえイヤミス感にはそういう戦いが水面下で起こる不穏な感じを描いたものも多いし、聞いた話では綿矢りさもそうらしい。

 

人間関係の「戦い」から逃げるな――。

 

そういうメッセージが発せられる小説には説教臭さを感じてしまう場面もしばしばで、俺の場合例えば有川浩の『フリーター家を買う』とかがそうなのだが、朝井リョウの場合はなぜかそのヤダ味を感じないのは、彼が男性だからだろうか?

 

本作の謎として、「ダイヤのエース」はどういう意味なんだろう?というものがある。

スペードの3は最弱にもかかわらず唯一ジョーカーに勝てる札だ。

ハートの2はジョーカーを除いた正規のカードで最強の4枚の1つだ。

ダイヤのエースはといえば、2に次いで強いものの、特に役割がない。

と考えたところで、「あ、なるほど」と思った。

何がなるほどなのかについては、ぜひ読んで確認されたし。

 

 

スペードの3 (講談社文庫)

スペードの3 (講談社文庫)