裸で独りぼっち

マジの日記

この2日間

昨日と一昨日は日記を書かなかった。

そんな暇はなかったのだ。

一昨日は電車に乗って田舎町へ向かった。

ハブ駅まで嫁はんに車で迎えに来てもらう。

幸い、前日から暖かい陽気が続いており道は歩きやすかった。

車も走りやすかった。

 

嫁はんが作り置いていたたカレーを買いに行く約束だったのだが、気が変わった。

嫁はんの敬愛する島地勝彦先生が行きつけとする日本居酒屋『富澤』へ。

 

一見魚屋なのだが、その奥に座敷があるタイプの店である。

そう、こういう店はうまい。

 

突き出しはなまこの酢の物。

うまい。

刺身。

卵焼き。

かきの磯辺焼き

マスカットサイダー。

 

昼間にまずい弁当をおごられて頭にきたという嫁はんもこれにはご満悦である。

そうして家に帰ったのが一昨日である。

 

昨日は目覚めて、それでもまだまだ眠い。

嫁はんは一瞬職場に顔を出し、帰ってきて動物の森に興じる。

腹が減ったというので嫁はんがつくったカレーを俺が温める。

 

カレーを食べて、向かう。牧場へ。

冬季ということで園内は無料開放されていた。

その分、見られる動物は少ない。

アカシカと、ヒツジと、馬を見た。

毛皮のある動物は強い。

豚はトンコレラを防ぐためという理由から触れ合うことができない。

しかし、食することはできる。

ビュッフェにて豚尽くし、ハーブティ尽くし。

 

腹いっぱいになった二人は一路盛岡に帰る。

トピックがある一日でもこんなものである。

ベースアップ

ギターを弾いたり、音楽を聴いたりして雪まみれの水曜日を過ごさす。

というのは朝のひと時ノミの話で、俺は家をすぐに出たくなる。

珈琲屋に行く。

嫁はんが田舎町でカレーをつくった。

「食べに来てよう」というので、車を飛ばしていっちょ向かおう、と思う。

こういうときは思い切りが大事なのだ。

 

しかし、ここで問題発生。

車がうんともすんとも進んでくれないのだ。

2輪駆動の軽自動車では盛岡の冬を過ごすことはできない。

というわけで、カレーを食べに行く話はおじゃんになった。

まあいい、それならそれで作業をいえでするよ、と思う。

 

今やっている仕事を並べると、明らかに楽なものほど収入が良く、面倒なものほど渋い。

楽に流れるということがいかに大事かがわかる。

もしも個人事業主に年々のベースアップというものがあるとすれば、その「楽」の選考を長年にわたって続けてきた結果なのだ。

楽していきていたいよな、日産。

 

嫁はんが電話をしてくる。

ベラベラとしゃべるが、電波が悪く無効に俺の声は前年伝わっていないようだった。

やっぱりSoftbank Airがいかんのか。

通信環境もベースアップしていきたいものである。

アニキ感・アネキ感が人を育てる

家におる一日。

家におりながら、家を出て、スタバに向かい、ストップウォッチを押して仕事を始める。

仕事をはじめると横の席に赤ん坊を連れた夫婦がやってきて子どもをあやす。

しあわせな赤ん坊を横目でニヤニヤ見ながら仕事をする。

こう書くと俺が子供好きのいいひとみたいだが、そしてそれも外れてはいないのだが、でも道で倒れてる人を見過ごして殺してしまってもぜんぜんいいだろと思う冷たい心もあるわけで、なかなか人間とは善だ悪だと竹を割ったように腑分けできるものではないのである。

 

と、しあわせでいながら仕事を進めた。

ポチポチぱちぱち仕事をするとうまいこと終わった。

しかし、まだ原稿は残っている。

がんばれ俺。

といいつつ、雪まみれつるつる道を通って家を目指す。

 

帰宅してから、AbemaのスピードワゴンのtheNight月曜日の録画を見る。

島田珠代の熱い話。

こんだけ天才、お笑いをやるために生まれた女でも世界を握ることはできないのが恐ろしい。

ダウンタウン一派の同じ芸人に向ける姿勢も確かにかっこいい。

とはいえ、ワイドナショーでとんちんかんなこといったり、反知性的なふるまいをしてしまうのが人間でもある。

ここで見える心理が、アニキ感・アネキ感は人間をかっこよく見せるということである。

不良がなんだかんだいって女をきらさないのも下済みの末、責任を負って若いやつらを世話する(イメージがある)からである。

庇護する人間は、責任と引き換えに信頼と尊敬を得られるのだ。

俺はそんなもん犬にでも食わせておけ、俺は庇護される側に回っておいしいところをいただくぞと考えてこれまでの人生を過ごしてきたが、そろそろ人を守る立場に回ってもいいかもしれない。

それで未知なるぱわーが湧いてきたりするらしいやん?

冒頭のスタバ赤ん坊につながる。

田舎電車と自己編集

田舎町から電車で帰ってきた。

電車が通っている程度の田舎町だから超田舎町というほどでもないのかもしれない。

電車を考えた人はすごい。

田舎町への電車は大体2時間に1本しか来ないが、5時・6時・7時は連チャンで来る。

朝生理的に早起きしてしまうおじいさんおばあさんを基準にうごいているのだ、きっと。

それも田舎らしい。

それは否か。

 

新幹線の中で進めなければならない記事を進める。

意外と進む。

スマホテザリングで参考資料となる動画を見ながらガタンゴトン。

野郎と思えばどんなばよでも仕事はできるのだ。

そして、資料が限定されており、またほかと重複がないとわかっているとなんと仕事がスラスラと進むことか、と思う。

結局文章はこのような思いついたことをミソもクソも一緒くたに書きつけるだけならいくらでも積んでいけるのだ。

構成と方向性の選定と各所への気配りと、校正校閲

自己編集ができなければライターとは言えない。

だらだらと自己編集せずに好きなことだけ書いて暮らせたらなんと幸せなことかと思うが、実際のところそんなことでは満足のいく価値ある記事は一つも生まれることなく、脳みそがだんだんゾンビ化していくようなドロッとした惰性と諦念の中で行くことになるだけかもしれぬ。

人間の義務や仕事は難しい。

 

夜は漫画や曲をちょっとずつ進められてよかった。

かこさとし展

日曜日としては良い日だったのではないか。

現在、田舎町の駅の待合室でこの日記を書いている。

電車は2時間に1本。バスはいつ来るかわからない。

まんじりともせず、待つしかない。

ここから50分かけてハブ駅へ向かい、そこからさらに新幹線で帰るのだ。

まいったな。。

 

それにしても昨日はよかったぜ。

朝から嫁はんとかこさとし展へ。

かこさとしとは『だるまちゃん』シリーズや『カラスのパン屋』シリーズで有名な絵本作家である。

www.ehonnavi.net

過去の処女作は『ダムのおじさんたち』。

この渋さだけで、生活者に寄り添う渋い作家であり単に子どもをあやしとけばいいと思っている人間ではないということがわかるだろう。

デビューは32歳。

絵本作家のデビューは軒並み意外と結構遅い気がする。

子どもからは遠ざかってしまっているんだけど、子供を喜ばすには人生の深みが必要だということだろうか。

 

やっぱり『プペル』は話になんねえよ!

と改めて思う。俺はキングコング西野はゴッドタンでは面白いけどいじられてないとしゃらくさいよなあ。お口チャックマン!と考える典型的なネットのお笑いファンで、特にサロン商法などに思うところはない。

儲けてることが気に食わないとは思うけれど、若者や馬鹿者が食い物にされようがま、どうでもいい。ヤクザやオウムよりはずいぶんましだと思う。本当に悪気はないだろうし80プペル男もいうたら24万しか損してないわけで、そこまであくどい金額ではない、とナニワ金融道を読破した直後だからかと見に思う。

 

ただ、プペルはお話がいかにも「大人が頭で考えました」って感じの劣化ワンピースのサブエピソード×ティムバートン崩れの世界観みたいな話で、それがいかんと思う。

大人に感動するよね!というハリボテの共感体験を供給するだけで子供の感性を育てたりとか世界の広さを伝えたりとか、そういう真剣な気持ちがぜんぜん存在しないのだ。

 

その点かこは本物だ。

子どもなんてほとんど動物なのである。

そんな動物に真正面から感覚や物語を与えるのはそれ専門のキチガイにしかなしえない。

『宇宙の話』『水』『地中』『だるま』『反戦』ここら辺の、お題目を本気で信じてくれないと困る。

そう思った。

 

その後、嫁はんの車で格之進という岩手県一関市の有名な焼き肉屋にいってうまい肉をたらふく食った。

そんな昨日ですわ。

ケンタッキー→王将でよかった

嫁はんが家におる土曜日。

朝は動画作ったりギター弾いたり日課にいそしむ。

カートゥン風に動かしたいと思ったんだけど、中割りとかをすると死ぬくらいの労力がかかる。当然だけど、アニメというのは正気の沙汰ではなく時間を持て余した人類の戯れなのだ。

ウォルトディズニーに合掌(あんた差別主義者やったけど根気が素晴らしいで。まあそれはナイン・オールド・メンの力かもしれんけど)。

 

昼から、家を出る。

昼ご飯何がいい?

「ケンタッキー」と嫁はんが答えるのでイオンに向かうことにする。

車に乗って。

嫁はんは田舎町に向かうために四輪駆動の車をレンタルしているんだけど、今家で乗り回しているデイズの方がタイヤに関しては質がいいと感じる。

ぶんと車を飛ばして(実際は雪道のため恐る恐る)イオンに向かう。

現地に到着。

「やっぱり中華が食べたくなった」と嫁はんがいうので、大阪王将に入る。

餃子定食をくろうた。

 

イオン内には郵便局がある。

嫁はんはそこで切手を購入し、年の離れたいとこへの遅い年賀状を投函する。

いとこはあったこともない嫁はんにたいそうなついているのだ。

嫁はんもそのこころいきに応えねばならんと張り切っている。

 

16:00から嫁はんは美容室を予約していた。

その間、俺はドトールで時間をつぶす。

本当は『zoom 見えない参加者(?)』を見ようと思っていたのだが直前でやっぱり本を読みたいという結論に達した。

どう考えてもB級だからなあ。

余命3カ月じゃなくてよかった

たまに、自分がもう体の大部分をがんに侵されていて、余命3ヶ月だったらどうだろう? と空想してみる。

クソ、こんなことを考えるのも、昼飯に作ったペスカトーレ1.5人前を消化吸収できず、雪道を歩きながらところどころで「オエッ」と嘔吐物をヘンゼルとグレーテルよろしく足跡(フットスタンプ)代わりに残しているからなのだ。

だとしたら俺は、がんを公表して、もしも死ななかったら倍にして返すという条件でクラウドファンディングでも行ってみようか?

そうして約束の期日(仮に1年間とする)の前日がやってきて全然全く死ねずにいる俺。

 

遊びつくした金を返せるはずもなく、死に場所を探してなけなしの大金とともに世界を飛び回る。ハワイ、キラウエア山で死んでやると心に決め、飛行機を乗り継いで現地へ。

そこでふと気が付く。

──ここに雲隠れして、死んだふりしたらいいんじゃね?

 

しかし、そうは問屋が卸さなかった。

俺の体には生体反応を逐一チェックするセンサーが金主によって埋め込まれていたのだ。

金を払えとナイフ片手に俺を脅すやくざ者。しかし、当然ながら俺は素寒貧である。

「まて、はらう、払うから──」そう命乞いした瞬間に、体が限界に耐え兼ね、俺は絶命する。

約束の期日には間に合わなかったが、俺は死を迎えることとなったのだ。

 

──などということはおこらないので、夜はおうちで曲を作っていると嫁はんが帰ってくる。

どうぶつの森にすかっかりハマっている嫁はん。

俺が、死ななくてよかったな。