爪の痛みと鼻の奥の痛み
右手人差し指の爪が欠けている。
焦げ付いたストウブ鍋の底をカナダワシでゴシゴシと磨いていたら、焦げ付きに引っかかったそれがポロリと切符を改札に通したときのように取れてしまったのだ。
俺は指先をフーフーしながら、ギターをつま弾く。
「ギターを弾けるだなんて五体どころか爪先まで満足な人ができる贅沢ですよね。それが身をもって実感できましたよね?」
想像上の嫌な後輩がそう話しかけてきたので「そうやな」とだけ返した。
指がえぐれる時のあの痛み。
痛みといえば──、昨日風呂に入ったとき、鼻の奥がつんと痛んだ。
プールや海でおぼれた時などに生じる、あの顔面の芯を錐で突き刺されるような衝撃的な痛みだ。
「これ、ずいぶん経験していなかったな」なんてのんきな感想を嫁はんに漏らすと、「プールの方が痛かったよね」と返事が返ってくる。
曰く、塩素が関係しているのではないかということ。
人間を真水に放り込んで、塩素で芋洗いするだなんて、考えてみれば乱暴な発想である。
そんな野蛮な環境で育ったことを少しだけれど誇りに思うこの気持ちは何だろう。