短編小説『虫と探偵事務所』
──大丈夫、Windowsは事態をりかいできていません。
彼女がそっとささやくので、俺も安心してタイピングを続けられます。
8畳1間のオフィスには、カーテンのような遮光物はなく、光がさしていて、ふわふわとまう埃がきれい。
俺は探偵事務所。探偵ではない。
獅子身中の虫という言葉があるが、なるほど──地面を這いつくばって目当ての
俺に手足はないが代わりに心の中で思ったことならなんでも実現できる。いわゆる人間でいうとこ滓ろのテレパシイというやつだ。
「──それで、先生、うちの
能面を社交界に連れ出すために無理やり化粧を施したような顔面の中年女はそう尋ねる。
は!閉じ込めるための檻に逃げられるとは、マヌケを通り越して
たまらなく──そそった。
さて、すべてのヒントは提示されました。
さて、あなたは気づいたでしょうか?
中年女が
<ruby><rb>ワンちゃん</rb><rp>(</rp><rt>毒性の檻</rt><rp>)</rp></ruby>と。
わたしはルビが好きだ。ルビは文章のテンションコードである。
安っぽいSF小説や通俗的なポルノ小説でよく使われているイメージがあるが、それらの特徴は──読者第一主義であるということで──俺はもてなされるのがすきだ。
だからこそ、そんな表現はおかしい。
ワンちゃんは毒性でもなく、檻でもなく、またワザワザ探偵事務所まで足を運んで探してくれと注文をする時点で大切に思っているということで──わざわざ伏せてまで使う表現ではないのである。
ようするに、中年女性は何もなくしてはいない。
殺鼠剤ならぬ、殺犬檻。
なんのことはない。金満婦人はペットを誤って殺害してしまい、その死体を処分した。しかし、そのありかがわからず。
探偵のいない探偵事務所に在処を尋ねに来ているのだ。
俺は心のなかで強く念じ──一匹の”虫”を捕食した。