手首の傷は向こう見ずなせいだった
寒くなってきたがまだ寒くはなく秋だか夏だかわからんような微妙な状態なのだ。
手首に傷ができた。
コルクボードの外枠を思いっきり蹴り破ると折れた木枠の破片が腕に強く打ち付けられ、みみずばれができるとともに赤い筋が腕に浮き上がったのだ。
なんだか極まりが悪く思う。
関係ないけどちょっと前のTikTokなどのバズ狙い楽曲には、メンヘラ狙いが硬い当たり筋と考えられているのか、「手首の傷が~」みたいなフレーズが多かった気がする。
これは今の事だと書こうと最初思ったのだが、俺がそういうのキャッチするの遅いので、ちょっと前な気がする。
以前から若者面ができるような人間ではなかったのだけれど、もう名実ともにそうではないので、だいぶ慎重になっているのだ。
とうとう向こう見ずさも失ったかと思うが、別に生まれた時からなかった。
昨日は疲れた嫁はんを寝かせて、チロルにチーズケーキを食べに行った。
paypay払い。
しかし、「paypay!」と景気の良い決済音が鳴らない。
妙齢の店員さんも怪訝な顔で、俺もそんな顔だが、画面上には決済完了の表示がなされている。
「電話番号を教えて、確認できなければ知らせてもらう形にしましょうか?」と問うたが別にいいといわれたのでやや気持ち悪さを残して帰宅。
すると、家に帰ってすぐに「paypay!」となって決済完了した。
どんなけおくれてんだよ。
あと、昨日はフリッツホンカをみたよ。
AmazonPrimeで視聴。
かっこよくも超人的でもない卑近で愚かな殺人鬼を描いている。
この映画を見ていると殺される娼婦に対し「なんで家に行くねん」とか「はよ逃げろバカ」とか思い、しかもあっさり殺されるので、正直に言って殺され役として出てきたというか、そこまで感情移入して見れない。
しかし、これがそのまま階層を隔てた現実の人間に対する態度なんだよなあと思う。
売春街のバーがホンカの物色の場になっており、そこにいるのは男を客にとって日銭を稼ぐ女かシンプルに物乞いしかいないわけで、そりゃついて行ってしまうこともあるし、正常な判断もつかないだろう。
映画なのである程度個別の感情にも思いをはせるが、ニュースで見たとしたら、特に何の感情も動かないと思う。
別にそういった社会派な意図があるというよりは、どれだけリアルにホンカの日常を描けるかに力を入れていたのだと思うが(エンドロールで出てくる家の再現度がすごい)まあ、現代人の視点としてそう思った。
肉屋の娘と聞いて性欲をそそられたりとか、勝手にそいつが目の前の女の娘だろうとファンタジーを抱いたりとか、酒はもうやめようと思ったのに飲んじゃって旦那が戻ってくるリスクも考えずレイプしようとしたりとか、ほんとにバカで、だからこそ切り捨て処理してしまいたくなるが、こんなやつに「あ」という間に殺される可能性も今後の人生あるかもしれない。
だからせめて治安維持に努めないとなあと思う。
現状維持して―。あのビン詰めされてたやつはピクルスだったのかソーセージだったのか迷っている(多分ピクルス)