裸で独りぼっち

マジの日記

覚醒

昨日、世界の見え方が変わった。

一昨日メガネを直した。

しかし、そのおかげではない。

俺の身体の内側──魂──がまるでどこかの誰かと入れ替わったかのように変化したのだ。

まず、「自分の声が聞こえるように」なった。

 

「当たり前の事じゃないか?」と思われるかもしれないが、俺は多くの人が所持しているその機能をまだDNAの紐の集まりでしかなかった時代に落としてきたようなのだ。

 

話は、数日前にさかのぼる──。

 

「ねえ、声がでかい」

俺は注意を受けて、少し不快に感じながらも口をつぐむ。

寝屋にてベッドに横たわる嫁はんは、扉を開けて話しかける俺の声のボリュームに並みならぬ問題を感じたらしい。

「そうはいってもこの声にどうしてもなっちゃうんだよお」

悲しきモンスターの咆哮。それを前にしてもなお嫁はんは耳を押さえてうずくまる。

「そうなんだ……!俺は、声を調節する機能を持たないんだ! むかしからそうだ、だって俺、自分の声がさあ…聞こえないんだ。みんな聞こえてるんだろ? でも俺は……」

 

そんな俺の声を、俺はしっかりと聞いている。

なかなかにかすれた声だが、いい声だ。

 

これだけではない。

モノを見た時の解像度も上がった気がするし、字も少しうまくなった。

俺の動作性IQと五感が研ぎ澄まされたのだ。

しかし、これは昨日以前の俺には備わっていなかったもので、一つ不安が生じる。

「俺は、『俺』か?」

 

答えは返ってこない。

俺は、自分の声が聞こえるようになった代わりに、別の何かが聞こえなくなってしまったのだろうか──。

 

俺俺(新潮文庫)