裸で独りぼっち

マジの日記

映画『そして、バトンは渡された』ネタバレ感想

映画を、、見た。

どちらかといえば見たくて見たよいうより、頭が痛く仕事や読書などできる状態ではなかったので、暗いところでじっとして画面をぼんやりみつめ、あわよくばなみだして 脳をすっきりさせられればいいなともくろんでいたのだ。

 

そして、バトンは渡された

後半2/3のネタばらしまではよかったのだが、そのあとの泣かせるシーンの尺とかセリフが全部うまくなかった。
そもそも泣かせる話なのか?
原作未読だが、仕掛けのある小説を映画化するのはたぶん難しいと思うしキャストなども過不足なく配置していたと思う。テンポや美術も良かった。子供の服とか、結婚を反対されたアパートで腰かけているときの靴下の水色とか、なんかおさまりがいいし、なんでそんなええ服きれんねんにも対策が用意されていて、突然登場する意地悪なクラスメイトとか、いかにもセリフっぽい三者面談の先生のセリフとかも漫画っぽいテンポの中でなら許せるものがあった。

ただよー、病気で何でも解決させるとか、すべてをセリフで説明しちゃうとか、感動的な劇伴がしつこいとか、日本映画の悪いとこだよーとよくいわれるところは後半てんこ盛りだった。マスを観てるから馬鹿でも羊でも見れる作劇をしてるんだよということかもしれないが、、、。
そもそも人間をバトン扱いしている時点でブラックユーモアみたいな話というか、大筋からして面白波乱万丈人生みたいな、嫌われ松子の一生みたいな話なのだ。そこに「大勢の愛情をもらったね」とか「お母さんは病気のつらさを見せまいといつも明るくふるまってたんだ…!」とか、解釈をつけられてもそれはケーキ…パンの耳で作ったフレンチトーストの上にのせられた賞味期限切れの生クリームにすぎない…。
どう考えても相談もなしにブラジルに行こうとした親父が勝手すぎる。当然手紙を渡さなかった母も悪い。その二人を何とか悪役にせずに話をいい人ばっかりな感じで進めようとすると、ああいうちょっと気持ち悪い場面が生まれるのだ。
しかし、かといって愁嘆場を繰り広げられてもそれはそれできつかっただろうしな。。インスパイアソングだというSHE’Sの曲は一個も流れなくてかわいそうだった。

FIlmarksの感想でも結構俺みたいな「お涙頂戴」否定派とシンプルに泣いた人と両者の感想が見られる。

劇場の前で「永野芽衣ちゃんかわいい~」とはしゃいでいる女子がいたので、そういう層(出演者重視の層)も視野に入っているからだろうが、かといってスイーツ(笑)<死語だな>+(笑)向けの作品でもないと思う。

 

最初に田中圭が俺は今でも思い出す、小学校のリレーでバトンを落としてしまったあの時を、、と回想して、タイトルがドーンと出てくる。子供をバトンに例えて色々な形態の家族がそれを繋いでいき、最後は夫が受け取ってハッピーエンドという構造になっているのだが、女児をバトンに例えてそれを最後に継父から夫が受け取るってなんか怒られそうなメッセージせいじゃねえかと思う。

まあでも、父や夫が基本的に子(妻)に対し完全に好意的でサポートします、邪魔しません(結婚は反対したけど)というか前なので、なかなかそのやだ味は指摘しづらいのかもしれぬ。

ある不当な社会構造を描くなら、その対象を過剰に甘やかすことで批判をかわす手法、あると思います。

 

まあでも俺は人の権利とか別にどうでもいいのだ。

人間をバトンに例えるなんてサイコパスな発想をいい話っぽく発表して堂々としてられるのが作家の才能であり業なのかもなと思う。

あの人たちは正しくも論理的でもないのだ。むしろその此岸で我々に手を、、、。